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2012/11/04

光の色彩画家、アンソール

損保ジャパン美術館のジェームズ・アンソール-写実と幻想の系譜。
あの、「仮面」や「骸骨」のイメージの、アンソールです。

a.jpg
《陰謀》1890年


そのタイトルでかなりだいぶ損をしていると思うほど、ベルギーやフランドルの名品が粒ぞろいで、時を忘れて見入ってしましました


私は、ベルギーの風景画がかなり好きだ、とは以前から思っていました。
が、これだけ自分の方向性を示している絵を観たのは初めてだと思いました。

私の描きたいものは、確かにあるのに、それを作品に表せてもいなければ、言葉で表現することも難しい。
いつもそう思っていたので、あのアンソールが、しかも20代前半までの!アンソールがそれを体現しているとは想像もつきませんでした。

それは、あまりにも繊細な、光。




「ブルジョワのサロン(またはサロン”印象”)」1881年


詳しいサイト↓
http://www.museum.or.jp/modules/topics/index.php?action=view&id=207

この動画でもあんまり伝わりませんが、とにかく本物は凄いです。
光の色彩に関しては、フェルメールよりも、モネよりも、鋭敏な眼を持っていると言っても過言ではありません。

空間がそこにあるのです。
”絵画的な空間”ではなく、既視感のある現実の”空間”そのもの。

20代のアンソールの「芸術についての省察」という記述が残されているそうです。
「芸術としての第一段階は、まず現実を見つめ、それを描き出すゴシック的な方法(つまり”線”)から始まるが、それは無味乾燥で、多くの人が容易に理解できる様式である。
たゆまぬ研究と観察により、そこから絵画は第二段階へ進む。
ルネサンスにおいて、芸術家は、高度に鍛えられた目を以て、色の諧調の価値や微妙な違いを識別できるようになる。
近代の画家たちは、さらなる注意深い研究と勤勉なる観察ののちに、ようやく線(つまり、アカデミックな正しい線)」が、光の繊細な戯れにたいしてあくまで二次的なものであることを理解するに至る。
大半の人にはこのことが全く理解できないため、(自分には)近代芸術は誤謬と無秩序としか映らない。」


そうそう!!!私が思っていたことを初めて明確な言語化されているのを見て、胸のすくような気持ちでした。
モネなどのファンタジックな印象派の色彩よりも、より現実の光を求めているのです。
少々攻撃的な文章ですし、線の芸術やフランス印象派はもちろん私も愛する素晴らしい絵画です。
ただ、「光」「色彩」と一言にくくられたくない、繊細な感受性と鋭い観察眼、そして厳しい拘りがあるのだと思います。


私が描きたいと思っているものは、いつも手に入りそうで指の隙間からこぼれ落ちていて、ほんの手がかりだけが残っている感覚でした。
はたしてそれは本当に絵画で実現できるイメージなのか?とも考えました。

でも、それが、現実にあった!

油絵という私が持っている道具で、あれは、描けるんだ!!


大げさに思われるかも知れませんが、私はあの絵の前にひざまずきたい気持ちでした。


今まで、私が惹かれる作品は、だいたい画家の晩年の作品でした。
長い長い年月の鍛練と情熱を持ってようやく成し遂げられるものだと思っていました。
ところが、アンソールは信念を持って20代前半にそれを実現している!!
…恐ろしい才能だと思いました。

aa.jpg
「牡蠣を食べる女(または色彩の国にて)」1882年


ですが、若いアンソールは渾身の大作「牡蠣を食べる女」で、下品だ、描きかけだ、と批判にさらされます。
(前からそのエピソードは知っていて、好きな絵だったのですが本物を見てその色彩に改めて驚愕しました)

結果としては、30代から次第に仮面や骸骨の登場する、今の「アンソール」になってゆくわけですが、あの「牡蠣を食べる女」がもし今日のように正当に評価されていたら、ギヨーム・ヴォーゲルスらのように美術史の支流のベルギー印象派の一員となっていて、今のように美術史を塗り替えるほど有名にはなっていなかったかもわかりません。

もちろん周りの言うことなど無関係だったかも知れませんが。
同じベルギーのデルヴォーもそうですが、確固たる写実の具象画時代を経てこそ、あの世界が成り立っているのだと感じます。
だからあの最盛期の「アンソール色」は、大胆に濃厚に強烈にぶつかり合っているのに、外さない色彩なんですね。

憂いを帯びるような繊細な色彩の微妙さ(中間色の豊富さ)に関して言えば、もちろん個人差はあるものの、ベルギーや北フランスのブルターニュ、イギリス絵画が秀でているように思います。
その共通点は、湿気。同じ海辺でも、地中海性気候の土地には、あの色はありません。
日本人ももちろん、その色彩の眼の持ち主であると、私は信じています。


新宿の損保ジャパン美術館で、11日(日)まで。そのあと巡回するようです。

http://www.nhk-p.co.jp/tenran/20120414_130813.html 
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